若年層が見るマルハラのリアルとは?~マルハラの意味からその要因まで徹底分析~
最近メディアでよく取り扱われるようになったマルハラ(マルハラスメント)。
メディアによる定義は、SNSで中高年から送信される「承知しました。」などと文末に句点がつくことに対し、若者が威圧的に感じる傾向にあることとされています。
マスコミはソーシャルメディア上のマルハラの実態をきちんと捉えられているのでしょうか。
SNSの落とし穴と威圧感
マルハラの実態を考察する前に、まずはSNS上のコミュニケーションの特徴を改めて整理し直してみましょう。
SNS上のメッセージの交換に際し、テキストのみで伝えられる情報量は圧倒的に少ないため、相手の発信する言葉を意図とは異なるように解釈してしまうケースは、対面でコミュニケーションを取る時と比べて多くなります。
ある研究(1987)によると二者間の対話で、言葉によって伝えられるメッセージ(コミュニケーション内容)は、全体の35%にすぎず、残りの65%は、笑い声、ジェスチャー、話し手の表情など言葉以外の手段によって伝えられます。*1
さらに話し手が聞き手に与える言語情報のうち、イントネーション、リズム、ポーズ、声質といった言語の周辺的側面も、特に感情的な情報を伝える際には、重要な情報源となることがわかっています。対話において大変重要な役割を担うこのような非言語情報は、書きことばのみでのコミュニケーションではこぼれ落ちてしまいます。
デジタルデバイスの発達により、あたかも隣に相手がいるかのような手軽さで書きことばの交換ができるようになりました。しかし、従来相手の姿形や相手を取り巻く環境が見える状況で行われてきた二者間の対話を遠隔で行うというのはやはり難しく、そっけなさや威圧感等、ちょっとしたニュアンスのミスコミュニケーションがあることは否定できないと思います。
マルハラの登場
マルハラという言葉自体、実は2024年の2月ごろから使われ始めた新しい造語だと考えられます。
統合型検索エンジンCeek.jp Newsから、マルハラという言葉が含まれる記事を調べてみたところ、一番古くいもので2024年の2月2日のABEMA TIMESの記事となっており、こちらはAbema的ニュースショー1月28日放送分を記事にまとめたものでした。Google Trendsを使い、検索エンジンでマルハラがどの程度検索されたのかを調べてみても、ほぼ同等の時期から検索され始めていることがわかりました。
さらに、”マルハラ”という言葉を使わずに同様の事象が取り上げられていたか調べてみたところ、「句点の威圧感」に関する記事がありましたが、一番古くて2024年1月21日のAERA dot.でした。
このことから、マルハラは2024年以降に話題になった、比較的新しい現象であることが分かります。
比較的最近出現した話題なのに対し、初期の記事や番組から”今、注目の〜”と取り上げられていました。また、ワイドショーやバラエティ番組だけでなく、読売新聞や朝日新聞、TBS、NHKラジオニュースといった大手マスメディアもマルハラを取り上げており、あたかもそのような「ハラスメント」が大きな問題になっているかのように感じさせられます。
実際のところはどうなのでしょうか。
マルハラとはただの世代間ギャップなのでしょうか?
新しく、「マルハラ」という言葉を用いて話題に取り上げられることにより、句点を使わないのが「最近の若者流」で、それ以外の世代は「律儀に句点をつける上の世代」と線引きをする社会構造になっているかのように語られています。しかし、句点に威圧感を感じるのはLINEやSNS世代の若者に限ったことではないのではないかと考えます。
携帯電話やPHSが登場した1993年ごろから、テキストメッセージが手軽にできるようになり、仕事の事務連絡や、プライベートのコミュニケーションまでメールで行われるようになりました。
しかし、感情的な情報を伝える際に重要な非言語情報は、書きことばのみではこぼれ落ちてしまいます。
そんな中、遠隔地にいる相手に対し、テキストのみでも細やかな文脈や感情を伝えるために、2000年初期頃から若者を筆頭に絵文字・顔文字をはじめ、長音や小文字の使い方など様々な工夫がみられるようになりました(三宅 2003)。*2
文末に句点、疑問符・感嘆符以外の記号を使用する例のほかにも、文末記号を使用せずに文を終える例は、2000年代に入ってからすでに出現、定着していました。
2004年のある研究では、絵記号類+カッコ文字、疑問符・感嘆符が携帯メールの文末の約70パーセントを占めており、句点は、全体でもわずか20%強しか使用されていない状況が観察されました。*3
スマホとチャット式コミュニケーションの登場
携帯メール以降のスマートフォンの登場とLINEの普及以降、句点の利用率の減少はさらに加速しました。2016年の、日本人大学生が送受信したLINEメッセージ8100通を対象とした調査では句点の使用率は5%という結果が出ています。*4
句点使用率の低下が加速した要因として、「分かち書き」が影響していると考えます。分かち書きとは、文字チャットにおいて、文章をあえて細切れに送信する手法のことです。
LINEの画面はチャット形式のため会話の記録をスクロールしてたどることができ、文をまとめて送る必要がありません。細切れにして個別に送信しても、画面上では一つの文、あるいはつながった文章として理解することができ、簡単に辿ることができます。
1回にまとめて送る内容を句読点ではなく、意図的に分割して送ることにより、相手が見やすいようレイアウトするのです。このようなチャット形式の媒体では、文章の切れ目を物理的に明示することができるため、句点の必要性がなくなりました。
メールに親しみがありチャット形式の「分かち書き」に慣れない世代は一つのチャットボックスに長い文章を一気に打ちこむ傾向にあります。そのようなメッセージ形式を「おじさん構文」「おばさん構文」と揶揄し、世代間ギャップについて取り上げるメディアもあります。
若者は実際にマルハラを感じている?
20年以上前からテキストを送る相手がネガティブな解釈をするリスクをなるべく低くするために、句点の使用を控えるケースは存在していました。つまり、その時点から句点に対する何らかの感情の動きがあったと考えることもできるのではないでしょうか。
これまでと異なる点は、そのような感情の動きや違和感を言語化しSNSにアップできるようになった事です。これまでは心の中で、思い浮かんで一瞬で忘れていたような違和感を、言語化して、書き出して、SNSでシェアすることができるようになりました。 それを注目の集まりそうな題名とともにメディアが話題を作ります。特に、今回のマルハラの例では、若年層を代表する意見であるかのように報道されることが多いようですが、誰を対象にどの程度のデータが集められているのか明示されていることはほとんどありません。報道されている情報と大半の若年層の声は異なる可能性も大きいです。まとめ
ここまで、マルハラについて考察してきました。Z世代の視点から見ても本当に「ハラスメント」と感じる人がいるのかと疑問に感じる現象だと思います。文末表現に関する感度は世代を問わず個人差があるように感じます。
時代を問わず、遠方の相手とのコミュニケーションで伝えられるニュアンスには限界があり、ミスコミュニケーションは付きものです。対面で実際に会って仕事をする機会が減っている人も多いと思いますが、日頃から信頼関係を築く努力をお互いがしていればテキストメッセージでの違和感はポジティブに解釈されやすくなり、マルハラのような世代間でのすれ違いも減るのではないでしょうか。
*1: Marjorie Fink Vargas, Louder than Words : An Introduction to Nonverbal Communication, Iowa State Univ. Press,1986, p.10
*2: 三宅 和子. 対人配慮と言語表現-若者の携帯電話のメッセージ分析. 文学論藻/東洋大学文学部日本文学文化学科編.(77)2003.3,p.207~176. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I6744249
*3: 携帯メールにおけるジェンダー ―文末に現れる様々な記号の使われ方に注目して― 三宅 和子(東洋大学)第14回社会言語科学会(2004年9月5日)
*4: 加納, et al.「打ち言葉」における句点の役割: 日本人大学生のLINEメッセージを巡る一考察.お茶の水女子大学人文科学研究,2017, 13:27-40.